坂本龍馬の偉業である大政奉還と行われた場所は?

坂本龍馬というと幕末を走り抜け、日本の未来の為に働いたヒーローとして近年では扱われる日本史の偉人です。

そして、そんな坂本龍馬の成したとされる偉業といえば「大政奉還」であるとされます。

これにより、今までお政治システムは大きく変わり日本の歴史上でも大きな出来事となりました。

勿論、坂本龍馬本人は出身藩を抜け脱藩した流浪の身ですから、直接この「大政奉還」には関わることが出来ませんでしたが、その為に奔走してきました。

ですからこの「大政奉還」がなされた時には別の場所でそれを知る事となります。

それでは、坂本龍馬の偉業である「大政奉還」についてと、その知らせを知った場所についてお話していきます。

スポンサーリンク
ryoma-sakamoto.comレクタングル大

目次

大政奉還とは?

さて、坂本龍馬が日本の未来の為に走り回って成した偉業である「大政奉還」ですが、一体どのような事なのでしょう?

時の幕府は黒船襲来などがあったにも関わらずその外国の要求を跳ね返すほどの力もないほどに弱くなっていました。

そうすると日本はやがて外国に不利な状態をさらしてしまうと考える人が出始めたといいます。

そこで外国に張り合うには次代を担う国家のトップを将軍や武士たちから、天皇と貴族にして、政治の実権の場所も幕府から朝廷にしようと坂本龍馬は考えて康応していったのです。

その為に日本国内で起きている内輪もめを収め、幕府を穏やかに終わらせる為に実権を将軍を説得して天皇に返すように進めていきます。

これに感銘を受けた多くの仲間と共に説得を行い、幕府が朝廷に政権を返した自演を「大政奉還」といいます。

大政奉還が行われた場所はどこ?

日本の政治の実権を幕府から朝廷へと返した場所は一体どこかというと、それは幕府の始まった場所でもある二条城であるとされています。

思えば、1606年の関ケ原の戦いで徳川家康が勝利して二条城の築城を決めて1603に完成。

伏見城にて征夷大将軍補任の宣旨を受けて、完成したてのこの白で「拝賀の礼」を行って始まったのが江戸時代でありその間265年間でした。

その場所でその幕を閉じる出来事である大政奉還が行われたのでした。

大政奉還が行われた知らせを坂本龍馬が知った場所とは?

大政奉還という大きな目的の為に奔走した坂本龍馬ですが、その場への立ち合いなどは出来ませんので、その報告を知ったのは別の場所ということになります。

そして、大政奉還が成ったということを坂本龍馬が知った場所は酢屋から近江屋に移ったとされた時期に一致するので、近江屋にてその結果を聞いたとみられます。

スポンサーリンク
ryoma-sakamoto.comレクタングル大

ryoma-sakamoto.comレクタングル大

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする