坂本龍馬は武器商人であったということについて

幕末の英雄坂本龍馬というと、目立つ功績には薩長同盟の成功の立役者であるとか、時代を変えた大政奉還の為に尽力したといったことが目立つと思われます。

しかし、フッと考えて不思議に思われるのは、彼は一体どういった立場の人間だったのだろうかという事です。

確かに坂本龍馬の実家は裕福で、買った物とは言え武士の家です。

ですがこの時の坂本龍馬は脱藩した流浪の身だったので社会的な地位はほとんどなかったのです。

そこで彼が持っていたであろう立場というと、彼の立ち上げた亀山社中の創設者ということがあります。

そして取り扱っていたもののほとんどは武器でした。

それでは、坂本龍馬は武器商人であったことについてお話していきます。

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何故坂本龍馬は武器商人なのか?

海軍操練所から亀山社中の創立をして、龍馬は貿易会社の運営をしていきます。

当時開国してまだ日の浅い日本でしたが、彼の主な取引相手であるグラバーは自身の所属していた商会から日本政府を通さずに商売が出来ないという事から新たな取引先として坂本龍馬に会います。

武器を必要としている場所の主には薩摩藩などがあったものの、直接取引が出来ないなら国内の貿易商社との取引をするという方法を考えたからです。

結果、最初は日常で必要な物資での物々交換までならという事で近づき、坂本龍馬に近づき、最も実入りがよく、その時代に必要だった武器を坂本龍馬と取引していた事から、龍馬は武器商人という立ち位置になったとされています。

結局坂本龍馬はグラバー達の操り人形?

幕末の英雄である坂本龍馬が、武器商人であったという事はそこまで思うものがある訳では無いという人もいらっしゃるかもしれませんが、外国の商人の思惑の為に踊らされたと思うとその心中はあまり穏やかなものであない人も多いかもしれません。

噂などでも坂本龍馬のフリーメーソン説などもあるほどなので、更に色々な思惑を感じてしまうかもしれません。

しかし、こういった思いは在れど、利用はされても、逆にそれすら利用している様に坂本龍馬も動いていたのかもしれないとしたら、本当の意味で激動の時代を彼らは生きていたのだと思われます

武器商人であったからこそ関われた事

さて、坂本龍馬は武器商人でした。

武器商人と聞いて誰しも物騒な事を多く考えてしまうでしょう。

実際その武器で多くの争いがあったのも確かではあります。

しかし、この武器商人という立場があったからこそ、龍馬は当時の薩摩藩と長州藩の武器取引から薩長同盟の締結にも関わる事になりました。

その後に起きる大政奉還の元となる「舩中八策」にしても、海軍操練所から貿易会社の立ち上げなどをしたことにより動いています。

ただの武器商人と言ってしまうには、それだけとはいいがたい人物が坂本龍馬だったのでしょう。

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