坂本龍馬の直系の末裔はもういない?そのルーツについて

幕末の英雄、坂本龍馬は新時代を目指し動乱の時代をただひたすらに走りその大義として薩長同盟を始め多くの日本初を生み出した人物として知られています。

そして、間接的には平和的革命である大政奉還を叶え、新時代に日本を繋げた直後にその命を暗殺という形で失ってしまいます。

ここまで考えてみて、坂本龍馬は後世にも大きな影響を与え続ける家計の出だといった事を考える人も多いですが、彼は結婚はしていますが子供はいなかったのです。

ですがいまだ坂本家の末裔とされる方々が健在という事実は多くの人が知っています。

それでは、坂本龍馬の直系はいないが他にいるとされる末裔についてお話していきます。

スポンサーリンク
ryoma-sakamoto.comレクタングル大

坂本龍馬には子供がいなかったが・・・?

さて、坂本龍馬は大政奉還直後の11月15日に近江屋にて暗殺に合い33歳で命を落としています。

彼の時代では子供は早い時期に多く生む傾向がまだ残っていたので、龍馬も妻がいる異常もしかしたら?

そんな事を考える方もいたかもしれませんが、残念ながら坂本龍馬と妻・お龍との間には子供はおらず、彼の死により坂本龍馬の直系と呼ばれる者はいないとされています。

現在も生きる坂本龍馬の家系の末裔について

坂本龍馬の直径は存在しないがその末裔はいまだ健在であるというのは多くに知られる事実です。

「何故?」と問う方も多いでしょう。

しかし考えてみてください。

龍馬は武家の子供ですが嫡男ではありません。

もっと言うなら末っ子です。

家督を通じ末裔といわれる方々にしても彼の直系でなくても問題ないのです。

故に調間亡き後は家督は彼の姉である千鶴の子であり、龍馬の甥である坂本直が継ぐこととなり、坂本龍馬の直径はいないものの、坂本家の末裔は存在し続けたのでした。

ちなみにこの坂本家の家督はまず、龍馬の兄の権平が継ぎ、今の末裔はその子孫となっているそうです。

ですが結果、2代目として家督を継いだのは姉の千鶴の子供である坂本直です。

次がその弟である直衛が3代目となりますが、1917年に海難事故で命を落とします。

この時点で直衛は34歳ではあったものの独身だったとされています。

4代目は2代目である直の弟の直寛の子供の直道が継いだとされます。

しかし、1897年に父である直寛と北海道へ移住し、父亡き後は郷士坂本家を一時的に相続し、1913年に直道が隠居という事で義兄の彌太郎が相続して、直道が1941年に坂本家を再興したと言われます。

ただし、直道には2人の子供がいましたが、その子供達に子供はなかったため龍馬の家は断絶しているものの本家は健在であり、その血は未だ残っているとされています。

坂本龍馬のご先祖様について

さて、坂本龍馬の血筋が現代にも残っているという事をお話してきましたが、少し変わった坂本龍馬のご先祖様のお話も存在します。

坂本龍馬だけでも有名ですが、その先祖とされる人物も大物でした。

何とあの明智光秀なのではないかといわれているのです。

明確な資料もない為、ありえないともされていますが家紋や光秀の血筋のその後嫁ぎ先であったりを考えるとあながちただの作り話とせずに考えるのも面白いと言われています。

スポンサーリンク
ryoma-sakamoto.comレクタングル大

ryoma-sakamoto.comレクタングル大

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする