幕末の英雄、坂本龍馬ゆかりの地と聞くとどういった時代背景や風景を思い浮かべられるでしょうか?
やはり多くの人は、京都や高知や長崎などでしょうか?
坂本龍馬と関わりのある土地は多くあります。
ですが、実は本来なら一番縁の強い土地となりえた場所があるのをご存知ですか?
それは北海道です。
なぜ北海道?
坂本龍馬と北海道に何か関係があっただろうかと誰もが思わせるでしょう。
そもそも坂本龍馬は北海道に行ったことはあるのかとか、とにかくなぜどうしてと誰もが思われるはずです。
ですが、実際に現在北海道には「北海道坂本龍馬記念館」があるのです。
しかし、そこには先の世のを見た坂本龍馬の想いがありました。
それでは、なぜ北海道に坂本龍馬の記念館があるのかについてお話します。
なぜ北海道に「北海道坂本龍馬記念館」があるのかについて
坂本龍馬といえば京都に高知に長崎にという方も多いと思われます。
しかし、なぜか北海道に坂本龍馬記念館が存在するのです。
坂本龍馬と北海道には何かつながりがあっただろうかとファンの方も思い調べられる方も多いのではないかとも思われます。
その答えは生前の坂本龍馬の立てたとある計画によるものだとか。
実は坂本龍馬は幕府解体で新たなる時代が訪れる事により変わる時代の中で多くの職を失う武士の存在も気づいていました。
そこで、新時代が来るのはいいものの、今までの体制で生きてきた人々のフォローもしなくてはと。
ならばと考えたのが新たな働き口としてまだ当時未開拓の土地であった蝦夷地。
すなわち北海道の防衛と開拓のという働き口を考えていたのでした。
勿論この計画は彼の生きているうちには実現もされず、北海道の土地は踏むことも叶わないまま人生を終えてしまったわけですが、その意思は受け継がれ龍馬の甥の本家5代目である坂本直寛が家を移すという形で受け継がれたのでした。
その子孫も現在も札幌で暮らしているそうです。
坂本家の内情について
坂本家の本家5代目である坂本直寛が北海道へ家を移しその遺志を継ぐという形で龍馬の計画は引き継がれました。
しかし、この坂本家はどういった状態にあったのでしょうか?
まずこの坂本直寛というのは誰だろうと思われるでしょう。
坂本龍馬の姉・千鶴は息子の高松太郎を坂本直に改名し後継者のいない龍馬の養嗣子としました。
彼は明治維新後には北海道で箱館裁判所勤務をしたといいます。
そして件の5代目、坂本直寛ですが、彼は坂本直の弟にあたるのです。
そう、龍馬の甥御なのです。
そんな彼が龍馬の意志を継ぎ北海道に移るのですが、1895年に移民団「北光社」を設立したとされています。
その後の1897年に家族に約100戸を従え、北見クンネップ原野へ到着して開拓を開始したといわれています。
「北海道坂本龍馬記念館」について
坂本龍馬の計画により家を移した坂本家。
その一族は未だその地に住み続けています。
そして、北海道の坂本龍馬記念館ですが、その内容は驚きの一言とされます。
場所はJR函館駅から市電で5分、十字街電停を下車したところになります。
外観は京都の寺田屋のようにも見え、坂本龍馬の家紋まで建物にかかれているので雰囲気も十分です。
記念館には坂本龍馬の像もあります。
勿論展示所には、坂本龍馬のおい立ちに成した偉業について時系列ごとに説明され、愛用の刀なども展示されています。
北海道と坂本龍馬という意外な組み合わせにも驚きますが、それ以上の熱意を身にこの地を訪れてみるのもいいかもしれません。